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第7話 共鳴

Author: 文月 澪
last update Last Updated: 2025-05-13 16:00:17

「か、可愛くないです……」

 俯きポツリと零すと、先輩は黙ってしまった。

 どうしたのかと顔を上げると、そこには少しだけ怒ったように仁王立ちする姿が。

「凜ちゃんは可愛いの! 自信持ちなよ、少なくともボクは可愛いって思うから」

 そう言ってまた頭を撫でる。その温もりに、じんわりと心がほぐれていく。満足したのか、先輩が手を引くのを名残惜しいと思ってしまう。

「ふふ、やっぱり先輩はいい人です。みんな近付くな、なんて言うんですよ? こんなに優しいのに」

 誰もが『ヤバい人』なんて口を揃えていたけど、とんでもない。噂が無意味なものなんて、私が身に染みて分かっている。それを間に受けようとしてしまった自分が悔しい。

「ん~……どうしてだろうね。ボクが近付くとみんなすぐ逃げてっちゃうんだ……何もしてないのに」

しょげる先輩が切なくて、つい手が伸びてしまった。さっき私がしてもらったように、柔らかい髪を撫でる。いつもなら眞鍋さんや女子にしかしない行動が、先輩相手だと自然にできてしまう。

「先輩は怖くないですよ。少なくとも、私はそう思います」

 また先輩のマネをしてみる。すると先輩笑ってくれて、ほっと胸を撫で下ろした。

 誰だって、自分の意思とは関係の無い見方をされてしまうものだ。自分の望むものを勝手に求めて、それがどれほどの重荷になっているかなんて考えもしない。

 そして期待を裏切られると、途端に離れていく。

 先輩も同じなんだろうか。そうであれば、分かり合えるかもしれない。私を、私として見てくれるかもしれない。

 ダメだと思いながらも、期待は膨らんでいく。

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